病気のこと, 日常

マイナスだと思ってたことがプラスのピース(一片)に変化する?

こんにちは。すっかりご無沙汰してしまいました。

ヒューマンライブラリーの頃から全く書いてなかったのですね…
いろいろあってこんなに時間が経っておりました。
ヒューマンライブラリーを経験したり、仕事の内容が変化したり、
最愛の祖父が亡くなったり、大事な相棒だった愛犬が旅立ったり、
親友の結婚式があったり、、、盛りだくさんな冬でした。

そんなこんなでブログはすっかりご無沙汰でした(汗)

4年ぶりくらいの診察に関しては、、、
祖父との別れの時期と被ってしまい、結局行けずじまいでした。
春になったらまた予約を取って行こうかな、と思いますが
今の自分にはエネルギーというか勢いがないから、結局夏頃になりそうな気もします。。

最近、気分転換に会社から歩いて帰っているのですが、その帰り道に某大学病院があるんです。
実は、その昔、この病院に診察に来たことがありました。

地元を離れて大学に進学した後で、自分でいろいろと病院の情報を調べて
「もっと色んな先生に診てもらう」「いろんな情報を得たい」と思っていた頃です。
たぶん二十歳になる前でした。

それまでは病院を探すのも親任せで、初診は親と一緒に行っていました。(通院も親と一緒でしたが)

だから、そのときは、自分で初めて病院を探して、
初めて診察を受けに行く、という何もかもが初めて尽くし。
私の中では、とってもとっても勇気を出した行動でした。

その頃は、某病院から2時間くらい離れたところに住んでいました。
大学病院って朝一で行かないと診察が受けられない可能性があるから(初診は予約とれないとかだった)
朝の通勤ラッシュでもみくちゃにされながら地図を頼りに病院へ行きました。

今になって考えると、事前にもっと調べて行けばよかったんですが(調べたつもりだったけど)
当日、初診の受付に行ったら「紹介状がないから、初診料がかかります」と言われました。

たしか3,000円くらいで、今思えばそういうものだってわかっているのですが
当時、学生でお金もそんなにない私にとっては「そんなにかかるの?!」という気持ちで
頭が真っ白になり、「じゃあ大丈夫です、、、、」と帰りました。。。
とにかく頭が真っ白になってどうすればいいのか分からなくなってしまったんですよね。
(まー、今まではいつも紹介状もって病院に行っていたから、知らなかったんですよね。)

ただ先生に診てもらいたかった、話したかった、という素朴な思いから
勇気をふりしぼって、慣れない都会のラッシュにもまれて一人で病院に乗りこんでいったら
そんな風に言われたから、田舎者の私は尻込みしてしまったのです。
・・・たぶん拒絶されたように感じたのかもしれません。
助けを求めにいったら、お金を請求された!と感じたのかな。

朝まだ9時くらいで、とりあえず近くのカフェに入って
泣きそうになるのをこらえて、日記帳になぐり書きし、母にメールをしたような気がします。
で、せっかく出てきたからと思って映画見て帰ったのかな・・・。(ここらへん曖昧ですが)

ということを、最近仕事の帰り道に病院を見ながら思い出して
当時は辛くてきつかったけど、あの時一歩を踏み出してよかったなとも思いました。

その病院で診察は受けられなかったけど、
その数ヶ月後に他の病院へ診察を受けに行った時に、初診受付の経験があったから
怯まずに向かうことができて、診察を受けることができたから。

何がどれにつながるか分からないし、
自分でどれにつなげるかも分かりませんが
どんな体験も、未来の+のピースに変えることはできるのかなーなんて思ったり。

すっごいエネルギーいりますけどね。(あくまで私の基準)

以上、徒然なるままに。

あと、ここ数ヶ月は原因が分かることが心にどう作用するか、について悶々と考えています。
原因が判明したところで、治療法には役立つだろうけど心にどう影響するかなって。
まぁ、これに関してはまた後日書きます。

日常

とことん嫌な日だって、逃げたい日だってある

どうも。

いよいよ今週の日曜日に控えた「ヒューマンライブラリー@明治大学」に向けて
私自身も色々と準備に取り掛かっています。

■ヒューマンライブラリーとは?

普段話を聞く機会が少ない、なかなかお話を聞くことができない方々(セクシャルマイノリティーの方やホームレスの方など)を「本」として貸し出し、その対話を通して「本」の方、訪れた人双方の人生や考え方に新しい発見や変化をもたらすという特別なイベント。
―引用「明治大学横田ゼミナール2014のブログ

もっと詳しくは、wikiってください。

今年は30名以上のマイノリティの方がBookとして参加されるそうです。

ざっとどんなBookか紹介しますと、、

トランスジェンダー・ゲイ・FtM・Xジェンダー・性分化疾患・レズビアン・
全盲・摂食障害・専業主夫・ゴスロリ・アルコール依存症経験者・ホームレス,Big Issue・
知的障害の画家・眼瞼下垂症・HIV陽性者・高次脳機能障害・引きこもりの画家・
全身型円形脱毛症・アルビノ・神経障害・義足・進行性顔面片側萎縮症・
うつ病経験・ギャンブル依存症経験・CODA・myface my style代表

すごい豪華ですよね。日頃ゆっくりお話しを聞ける機会がなかなかないと思います。

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【概要】
Human Library 2014~今日、世界がもっとカラフルになる~
開催日:11月30日(日) 11時15分~17時(10:45 受付開始)
場所 :明治大学中野キャンパス(中野区中野4)3~6階
※入場無料、事前予約不要
備考:形式としては、図書館で本を借りるような感覚で30分間一対一の対話になります。
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と、ヒューマンライブラリーの告知をしたところで
本題に入っていきましょう。笑

そんなわけでヒューマンライブラリーに「本(book)」として参加するにあたって
自分の病気のことやこれまでを整理しつつあるのですが、
その準備の中で「そういえば最近病院行っていないから、経過観察してもらいにこの機会に行こうかな」と
思ったわけです。

なんだかんだでここ4年くらいは必要ないからってことで、しばらくご無沙汰でした。

というか、先生に
「今の段階ではあなたが思い描いている以上に綺麗にすることは難しい。
 定期的に来る必要性もそこまでないから、また何かあったら来るくらいで・・・」
といったニュアンスの話があったのです。(もう4年前だからうろ覚えですが)

だから、まぁ触っても進行している様子はなかったですし
天気によっては皮膚移植した手術跡がきしむような感じはありますが
手術あるあるみたいな感じなので、さほど気にせず月日が流れました。

とは言ってもですよ、
結局原因分からないままだし、新しい治療法が確立されてるのかされてないのかも分からないし
レントゲンとかで骨の変化(多分ないだろうけど)とか確認しておきたい、、
とか私にだってそれなりに知りたい欲があるんです。

だから、「もう病院行かない!」という選択肢には自分になかったんですね。

まー、それでこの機会に勇気出して予約とらなきゃ、また延びるなーと思って
電話したのです。大学病院に。

(ちなみに、私は病院に行くのにものすごいエネルギーと勇気を使います。
 勇気を出した後は早いんですけどね、笑)

それで、なんですかねー大学病院のシステムなんですかね。制度なんですかね。
4年も経っているから初診と同じ扱いになり、紹介状なし初診料として5,000円くらい別で必要なんですって。
先生は診てくださるって言ってもらえたので、まぁ絶望の底まではいかなかったですが
なんか言葉にできない思いがこみ上げましてね。

いや、わかるんですよ。日々いろんな患者さん、いろんな病気を診ていて
対応しなければならないから、大学病院で診察すべきかどうか「ふるいにかけるために」で
そういうのってあるんだろうなって思ってはいるんです。

でも、なんか「かかりつけ医」とか身近に探せる病気でもないし、
かと言って頻繁に行くレベルでの病気でもないから期間があくのは仕方ないし、
別に行かなくていいじゃんと言われたら、そうでもありますし。

人並みに拠り所がほしいだけなんです。

当事者のコミュニティをちゃんとしたいと思っているけど、
最近この病気への治療はどうなっているとか、原因とか、患者数とか
そういう医療に近いレベルの情報入手先はネットレベルや過去に聞いた話のレベルだから、
相談できる医療の専門家がほしいだけなんです。(結構な要望だけど)

当事者のコミュニティも思いはあるけど
無力な自分を感じすぎて、感じた後に大して何もしてない自分に気づいてて
ここ6年くらい同じこと言いながら、ミリ単位で前進している状況です。

辛いことより楽しいことが多くなるように日々過ごしてきていますが、
成長とともに進行する病気を持っている私を両親が当時どれだけ心配していたか想像すると、
言葉じゃ表せられません。

今の当事者の方と家族、これから進行性顔面片側萎縮症(parry-romberg症)と
診断されて出会う当事者と家族、
すべての人が「楽に」なれたらなーと思います。
常につながって、ガンガン活動するのではなく、
不安になったときに、帰れる場所、寄り道できる場所、そんな場所を用意したい。

何も悪いことしていないのに、普通にそれなりに頑張っているのに
医療費でお金がかかったり、病院に行く時間が必要だったり
納得のいく答えが見つからなかったり、
いろんな思いが時々溢れでてきます。

そんなときは思うがままに号泣するんですが
私は結局泣くのにも飽きてきて、終わります(笑)

病院に行って病気と、医療と、なんか目に見えないものと戦うのに
まだまだ自分は弱くてちっぽけだから
楽しいことを積み重ねて、補強しているような感じです。

感じです、って自分で書いて自分で意味分かりませんが。

苦しいこともあるけど、それ以上に面白いこと見つければいいのかなって思ったりで、
結局、今日の予約電話で色々あったから
こんな思いというかコミュニティへの初心を思い出したり、
久々に号泣したり、過去に辛かったときの感じを思い出したりで
ブログのネタがひとつ増えたので、
プラスマイナスゼロではなく
プラスになったかなーと思います。

ついつい人前で話すときは、しんみりした空気になるのが苦手で
淡々と話すか、シュールな笑いにいくか、みたいに辛いこと話すのが苦手ですが
まだまだちっぽけな自分です。

(おまけ)
クリスマスイブに診察予約とった!スペシャルな日にしよう~っと♪

病気のこと, 日常

「高校時代の私と顔面片側萎縮症」を振り返る前に

さてさて、ざっくりとした振り返りも
次は高校時代です。

この頃は、濃い。
ホントに濃かったです。
病気のことだけでなく家庭内も進路も
盛り沢山で、てんこもり。

だから、正直どういう切り口で
どう語ればいいのか分かりません。
全部つながってるといえば、つながっていますからね。

高校に入学したときには、
夏にはロンバーグ病の手術をすることは決めていました。
担任の先生にも伝えていました。
部活の新人戦が夏に予定されていましたが、
手術があるから出られないことも
早々に伝えて気がします。

1学期が終わると私の高校は
夏休みではなく夏期講習がありました。

夏期講習に入ってすぐの2週間を使って
手術、入院する予定でした。
退院して、新人戦の応援には間に合うように。
夏祭りには間に合うように。
文化祭、体育祭に間に合うように。

すべて逆算して予定を立てました。

結果的に全部間に合いませんでしたが。

2週間の予定が2ヶ月まで入院しちゃいました。

最後は完治していなかったけれど、
逃げるように病院を出ました。

一回の手術の予定のはずが
二度の手術を経験しました。

私は5,6歳から通っていた病院で手術を受けていたため、
病院は遠く離れていました。
飛行機使わないと行けない距離。
だから、友人も家族もいないところでした。
母が毎週末飛行機でお見舞いにきてくれていました。

個人の形成外科病院だったので
ベット数も3人部屋2つと個人部屋2つ程の
きれいでこじんまりした病院。

今思うと、よく2ヶ月も外に出ずに
耐えられたな、と。

いや耐えてはないんですけど(笑)

引き出しに閉まっていた過去を
全部開けて整理するのは
エネルギーがいりますね。

もう大丈夫だ、って思っても
エネルギーが必要なのは
しょうがないですね。

なんだか文字にすると暗い話になってしまいましたが、
そんな暗い話でもないのです。

手術や入院期間について、
もっと詳しく事実を書くつもりです。
退院後の学生生活も詳しく書くつもりです。

予定外の手術で予定していたことが
何一つできなくて、納得いかない小娘が
腹を立てて半ば意地でエネルギーが
おかしな方向に向かった話です。

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〈写真は思い出の高校〉

最近のお気に入りは、チャップリンの言葉。
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」

私の人生は喜劇。飽きない、いろんな経験ができる喜劇です。

ポエムちっくになってしまいました、笑

ちゃんとエネルギーをためてから、
しっかり書きますね。

また今度。

病気のこと

中学生の私と顔面片側萎縮症

前回、幼少期から小学生時代までの私とロンバーグ病について書きました。

今回は、中学生の頃を振り返ります。

私の成長期は小学生の頃がピークで、中学生になったら身長は1,2cmしか伸びませんでした。
成長期が終わったということは、それ以降は大きく骨格が変化しないということになるかと思います。

だから、私の症状も止まるのでは?と言われていました。

余談ですが、
私自身は、結果的に12,13歳くらいで進行が止まりましたが、その後いろんな方の発症を伺ったところ、実際はどうなんだろう?という疑問もあります。
成人してから発症している方もいるからです。

話は戻りますが、
中学1年生くらいからは、病院の診察では手術をどのタイミングでするか、という話がメインになってきていました。

部活一筋だった中学生のときの私は、
手術で部活休むなんてありえない!
と思っていたので、中学では手術はしない、と決めていました。

中学生に入ってからは年に1回の検診だったので、たしか3回しか病院行ってないと思います。

どのタイミングで高校1年の時に手術すると決めたかハッキリ覚えていません。。

進路を決めてから具体的に考え始めたとは思います。
高校を進学校にするか、工業系の学校に行くか、中3まで悩んでいました。
結局進学校に進み、大学進学を視野に入れたので、
今度は大学受験を考慮して、手術のタイミングをどうするかでした。

高校3年生は受験で無理、
高校2年生は勉強もあるし、修学旅行や行事もたくさんある、部活も自分たちの世代になる、
消去法で高校1年生の夏。
、、、となったのだと思います。

「思います」というのは、
当時の自分の病気との向き合い方は、
「こうすべき運命」みたいな、この道に進むのが当たり前という感覚で
あんまりじっくり考えてなかったんですよね。

手術をするべきもの、
と考えましたから。

中学の検診も、ゴールは手術にあると思って進んでました。

ゴールなんてないんですけどね。

病気に関しては、
髪がボブくらいの長さだったので
あまり見えてなかったから
人に何か言われたことはなかったですね。

人にもカミングアウトしている人もいれば
特に言ってなかったり。

私の病気のカミングアウト基準については、
また別で書きますね。

部活に熱中し過ぎて、
それ以外を気にしなかった時代でした。

自分の病気だけど、
情報は親任せで、他人事だった気もします。

思い出そうとすればするほど、
ホントに中学時代は
病気について何も考えてない、というか気にしていなかったように思います。(苦笑)

それ以上に熱中するものがあったせいもありますが。。

まとまり悪いですが、とりあえずこの辺で。

写真は、小学生の高学年のときのですが。

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病気のこと

病気について振り返ってみる・幼少期〜小学生

そういえば、このブログ上で私自身の病歴について
きちんと書いたことがない、と気づきました。

そこで、発症した幼少期から
振り返ってみたいと思います。

3歳〜5歳くらい
(私は覚えていなくて母から聞いた話もあります)

3,4歳頃から、患部である左のこめかみあたりの皮膚の色が白くなり始めたようです。
異変に気づき、皮膚科などに行くが原因分からず…
5,6歳くらいから、へこみ始めていきました。
その間も両親は病院を探すが、なかなか何の病気か分かりませんでした。
6歳のときに、大学病院だったか市立病院だったか忘れましたが、

もしかしたら、進行性顔面片側萎縮症かもしれない、先生を紹介します

と、病気が明らかになりそうになりましま。
このとき、人生初のMRIを経験。
…たぶん、このときだったと思います。。
麻酔?の点滴をうたれて、あの大きなドーム型の機械に入っていきました。
「絶対に目を開けちゃダメ!!動いちゃダメ」と何度も言われ、目を開けないように必死だった記憶があります。
時間も長くて、いろんな人に「よくがんばったね」と言われました。

ある形成外科病院で、はっきりParry Romberg syndromeと診断されました。
そこからは、経過を見るのみ。

経過を見守るのみ。

治療は、いわゆる再建手術。

という感じで、年に2回くらい病院に行き、触診と写真とレントゲンを撮っていました。

小学生くらい
半年に一度、学校を休んで母と病院に行きました。
レントゲンは独特の体勢で撮らされており、なかなかの経験でした。
だいたい朝一で病院に行き、たくさんデータを撮られて、少し疲れたところで
お昼はご馳走を食べていました。
母は、病院に行く日はスペシャルな日にしてくれていました。
だから、私は定期検診に行くことに対して
ネガティブなイメージを抱きませんでした。
今振り返ると、病院で

進行してますね

と言われても、すごいショック!とかではなくて、

ああ、進行してるのかー

みたいな感覚だったように思います。
あまり覚えてませんが。

小学生の高学年になる頃?あたりで
手術の話が出ました。

参考写真を見せてもらいながら説明を受けました。
なかなかリアルな(グロい)写真もあった気がします。
このときの記憶が断片的で、「私は何とも思ってなかった」と思っていたのですが、
母に、「あのときは、すごいショックを受けてたじゃない。泣いて手術しないって言ってたよ
と言われました。

全然覚えてません!
人間って、いや私は都合いいタイプなので記憶を消したのでしょう(笑)

そんな感じで小学校のときまでの
通院の話でした。

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病気との付き合い方について振り返ると、
家庭訪問では毎回病気について
母が先生にプレゼンしていました(笑)

学校生活では、数回だけ学校の子たちに
「なんでへこんでるの?」と言われたことがあります。

ただ、特に小学生の頃の私はひねくれていたので、
シカトor教えない!or病気だよ!(逆ギレw)
といった対応を返したと思います。
傷つく前にイライラしてたような記憶が…苦笑

たしかに、私は同じ病気の中でも軽症で
ぱっと見ですごい目立つとかでもないです。

目立たないかもしれませんが、分かる人には分かるって感じでしょうか。

でも特別髪で隠したりとかもせず、
へこみがあるから、どうこうって
してなかった気がします。

歯列矯正を始めたのも小学生のときでした。
今では、ロンバーグ病は歯列矯正の保険適用の疾患対象に入ってますが
当時はまだ保険外でした。
病院の先生が歯列矯正したほうがいいかも、と言って
病院ハシゴ(よくある)しました。
↑久しぶりに思い出しました。

誰の役に、何の役に立つのか
もしかしたら何の役にも立たないかもしれませんが
とりあえず、こんな感じで
中学生、高校生、大学生、社会人と
綴っていきたいと思います。

では、また。

病気のこと

8年前の今頃

そう、8年前の今頃、
初めての手術でした。

「あのとき手術という方法を選ばなければどうなったのか?」

私はあまりこういったことを考えたことがありません。

いや、最近は考えてないだけで前は考えていたのかもしれません。
覚えてないけれど…

どうしていたんだろう。
私のゴールは手術と決めきっていた16歳の私に
「手術以外にも方法あるんじゃない?手術って失敗もあるんだよ?」
と言って、考えさせていたら
何か変わっていたのでしょうか。

でも、あの夏の2カ月入院しなければ
高校生活はあんなに充実しなかったと思うし、
情報にもここまで興味を持たなかったし、
他の病気との出会いもなかったと思うし、
手術の経験がない自分は考えられないですね。

手術の失敗が悔しくて、
2カ月も入院したのに顔は変わらないという結果で
「無駄」とも受け取れることであり、
「手術しなきゃよかった」と思ったり、言われるような出来事で、

でも、どれも思いたくない・言われたくないことでした。

だから、自分で成功にすればいい、
自分の成功は、あの手術があったから、
そういう意義のあることに変えてしまえばいい、
と生意気な気持ちで走った気がします。

まだまだ通過点ですが、
先述したように、

手術しなかった自分が考えられない人生

というのを今は過ごして、進んでいます。

最近は落ち着き過ぎて、
そういうモチベーションが停滞してるので
それはそれで課題なのですが…

決して1人で頑張ってこられたわけではなく、
友人・知人の支えのおかげです。
家族は、いい距離で私の意志を尊重してくれました。

友人や知り合った方々には
感謝してもしきれないなーと思います。

全てがうまくいかないかもしれないけど、
自分の描いた姿に近づく努力はできるから、
一歩ずつ諦めずに進んでいきます。

これからもよろしくお願いします♪

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日常

すべては写真展から始まった

こんにちは。
ついつい更新が遅くなり、ごめんなさい。。

あっという間に5月も終わりますね。
新学期、新生活、この季節は慌ただしいですね。

病気のことに結びつけると、
家庭訪問では新しい先生に毎回病気の説明。
母の説明の腕がみるみる上がって、
高校くらいには雑になってましたが(笑)

そして、社会人になっても健康診断で
概要を説明しなきゃいけないという。
問診でさ、『大きな
病気や手術をしたことありますか?』ってありますけど、
あれに丸をするか毎回悩むのです。
だって命には別状ないですし、
でも手術自体は大きいものだし。。
で、黙ってたとしても、だいたい聞かれるんだけどね。

おっと、この話がメインなのではなくて、
明後日から写真展があります。
◾︎練馬区役所で5/29〜6/2

見た目問題写真展 ただ、自分らしく

http://mfms.jp/blog/2014/0516/mfms-epson-9.html

最近は、親しくしていただいているマイフェイス・マイスタイルのUstream番組にも、ちょこちょこ出させてもらっていますが、すべてはこの写真展のモデルを引き受けたところから始まるわけです。。

というか、なかなか勇気というか
周りの目が気になっていた自分が
吹っ切れたきっかけなんです。

やはり、軽度の自分は
この病気で伝えられることなんて
微々たるもので、
もっと大変な思いや、人に伝えたい思いを
抱えている人がいると思うから
なんか、わたしがするのはちょっと違うなって。
わたしがこの病気を発信するのは違うのかなって。

引き受けたのは、勢いだったんですが、
結果的によかったと思っています。
誰かのためになったとかではなく、
自分にとって、かけがえないものになってる。
あの写真で笑っている自分が、
いつも私を励ましてくれているのです。

これは別件なのですが、
前に友人に私のビジョンを酔いながら語ったら、
発信することの大切さを後押しされました。

やっぱり伝えていかなきゃ。

私がこの病気でいろんなパワーや経験をもらったように、私もこのエネルギーで還元しないと。

その人らしい選択ができるように、
わずかでも何かできたらなー。

日常

春の変化

こんにちは。
春は新生活の季節!と言われるように、いろいろと変化がありますね。

患者会のことやサイトのことを始める前に、もう少し自分のことをちゃんと整理しなければならないことに気づきました。

気づくのが遅いですが。。

最近はよく顔が引きつります。
ほんの少しですが、なんでだろう?と気になります。
単に手術痕の皮膚が突っ張るだけですかねぇ。

続く一歩を早く早く。

日常

2014年度スタート

まずは謝らなければ、、
3月中に掲示板を整理する予定でしたが、ごめんなさい。。

4月中にがんばります。

先日友人と話していて、いろいろ考えさせられました。
発信することの大切さ。

きちんとしよう2014年度。

日常

どうなりたいか

病気云々とかではなくて、複雑なことって考えるのが後回しになってしまうんだよねぇ。

人によって、ものさしはちがうのよね。
ただ、人のものさしを知ることで、自分の世界が広がることってある。
と思う。

春がやってきまして、そわそわしている日々です。

先日、10年スパンで患者コミュニティを考えてました。自分はどこに行き着きたいのか、どこをゴールとするのか、そしてゴールを達成した後はどうするのか。。

ゴールまでは描けるの、ただそれをゴールって呼んでいいものなのか、自分の中で疑問が残った。

でも、前に比べたら具体的になってきた。
ちょっと誰かに話してみよう!