日常

手術から丸10年…

今日で手術から丸10年。

受けるべきものだと思い込んで、大して考えずに手術してから10年。

あの経験がこうやって続くとはね。

親や家族、親戚には色々負担をかけてしまって、それは後悔。

後悔は後悔として認めて、それ以上に魅力的なこれまでの出会いを大事にしたいです。

向き合いすぎて暗い時期も、放り出して考えてない時期も、いろんなときがあったけど、やっとスタートラインに立てたのかも。

冷静に穏やかに、ロンバーグ病の症状をもつ人や関わる人に情報を提供できれば。

とはいえ、私にできることは微々たるものなので、大きな夢はないです。

次の10年は、堅実に、自分ができる範囲で、自分が楽しみながらできるように、やっていきたいと思います。

日常

病院に行ってきました

先週、久しぶりに大学病院に行ってきました。

今までだって行こうと思えば、会社の休み取って行けたんですけど、なかなか行くことができていませんでした。

自分できっかけ作ろうとしないと、機会って訪れないんでしょうかね。
今回は、この7月で手術をしてから10年経つので節目として行きました。

受け付けしてから約2時間待ちましたが、行ってよかったと思います。
詳しくはまた書きます。

病院に実際に行ってみて、サイトの方向性も見えてきました。

日常

病気との付き合い方

病気との付き合い方が変わってきた。それは自然なこと、自然な成り行きである。

3年前は、向き合わなくちゃ、向き合う時間をつくらなくちゃと思っていた。

5年前は、真正面から向き合ってた。

10年前は、あんまり自分の病気って感覚がなかった。
今は、どうだろう。
時々考えるけど、日常にどんどん埋もれていってる感じ。埋もれているより紛れていく感じ?
生活も仕事も変化して、私自身が変化していってるから、自然なことだと思う。
ここ最近、病気を風化させていいんだと思えるようになった。

病気を、というより病気の経験を。

自分が選んだ手術という道が失敗したことに対して、それを覆すのではなくて、それはそういう経験と風呂敷で包んで置いておく、くらいでもいいのかなーと。

川や海の石が変わっていくように、心のトゲもまるくなってよいのだと。
私の記憶も、おぼろげになっていくのを愉しむくらいでよいのではないか。

取り返しのつかないことを真面目にとらえすぎて疲れたこともあったけど、今は、少し緩められるようになったのかも。
病気との付き合い方、向き合い方の変化も情報をまとめたいな。

これから病気と付き合う人の何かしらのヒントになるんじゃないかって。

病気のこと

正しいって何だろう、正しくあろうとする無意味さ

ここしばらく「ロンバーグ病」や「進行性顔面片側萎縮症」というキーワードをネットで検索していませんでした。

ブログを書いたり、掲示板をつくったり、自分が情報を発信するようになればなるほど、インターネット上で同じ病気の人のブログや症例情報を見ることに気が向かなくなりました。不安になることも多々ありました。

それは、自分が”正しい当事者”かどうか、意識してないようで意識して捉われてしまっていたから、という理由な気がします。

正しいなんて、ないのにね。嘘の情報は発信しちゃいけないけど、自分なりのことをすればいいだけ、ですよね。私はわたし。

それぞれが発信している情報を集めて、ここにくれば、いろんな視点のロンバーグ病に関する情報見れるようにしたいかな。

そうすれば、世界がぐっと広がる、かも。

そうやってちょっと想像すると未来は明るい感じがします。

*次にやること

まずはサイトを10個みてみる

日常

経験談を集めてみたい…かな?

情報をどのように集約するか、更新頻度をどうするか、について最近考えてなかったです。

ブログや掲示板でコメントやメールで連絡をくださる方のほとんどが情報が不足し、不安を抱えている、目に見えない不安が増えていっている、という場合が多いと思います。

個人差がある病気だからこそ、いろんな方の経験談を集めて、次の世代や他の病気に繋げられたら、病気を発症した方にとっても意義あることなんじゃないかなぁ、と思ったり。
一方で、病気に向き合うことってエネルギーがいると思うので、経験談をまとめることにストレスを感じるならば、わざわざしなくてもいいんだろうなって。

向き合い、突き詰めることが良いとも限らないですよねー。

ゆるやかに、気楽になれる方法で続けていきたいものです。

サイトの構成を考えますっ\( ˆoˆ )/

日常

ミッションクリア

情報開示請求をして、レントゲンデータ、電子カルテデータ、そしておまけで紹介状もゲットしてきました。もちろん全て有料ですが。

幼少期で出会い、思春期に手術したがうまくいかず、当時の病院側の説明など対応に不信感を抱いた両親が半ば無理やり転院させ、それから微妙な状況でした。(両親の判断はあの状況だったら自然だと思います)
今回はスムーズに対応してもらって感謝してます。

子どもだったので記憶もおぼろげで、自分の病気のことなのに全然わからないというモヤモヤをずっと持っていました。でも現実と向き合うエネルギーもなくて、これを勇気と呼ぶのか分かりませんが、一歩が怖かった。

3年前にも一眼レフで撮影した写真データのみは請求したことがありますが、その時はそれが精一杯でした。

やっと自分の病気や治療が自分のところに帰ってきた気分。

やらない理由をたくさんつくってきましたが、今回あるきっかけがあって、その一つのきっかけで急遽一歩踏み出せました。背中を押してくれた人たちのおかげです。

それにしても、お金がかかるんですよねぇ。紹介状がなければ郵送で対応できるそうなんですが、紹介状は診察受けに来ないとだめみたいですね。これを機に自分のデータごと正式に転院したかったですし、最後に行くことになると思ったので費用がかかることはそこまで気にしてないんですけどね。

何事も経験だ、ということで納得してますが、これで予算的に厳しかったらまた違う視点でモヤモヤしてたのかなぁ、なんて。
とにかくミッションクリア、そしてここからが次のスタート!おもしろくやってこー。

ま、とは言っても、今は進行してないですし、治療も考えてないです。
自分の経験をどうやって同じ病気の人たちに還元できるか考えてるところです。個人差があるので、あくまで参考に、、って感じの情報になると思いますが、ないよりあったらマシかもと思ってます。

病気のこと

友人からヒントをもらう

すっかりご無沙汰のブログです。

不定期更新過ぎて、もはや季節に一度更新すればいいほうですね、、。
先日、友人とランチをしていたときに当事者コミュニティの話が出たんですね。そこで

「優美は結局どんな風にしていきたいの?なんでやってるの?」

と聞かれました。私は、

  • 情報があることで、人の選択肢が増える。選択できる幅が広がることで自分で選べて後悔のない選択ができるのでは?
  • 自分が失敗した手術の経験を、例え他人でも繰り返してほしくない、もしくはそのリスクを理解した上で選んでほしい
  • きつかったり、ふとしたときに辛くなったときに立ち寄れる場所、存在にしたい

なんて、まぁ色々と答えたわけです。

そしたら『精神的な支えになりたいの?』といったニュアンスの反応が返ってきて、

んん?

と私の頭の中で「?」が出てきました。その後、友人と色々と意見交換をしてわかりました。

そこで気づいたのは、4,5年前と考え方が変わってきていることでした。

当事者コミュニティを作ろう!と思い始めた頃と変化してました。

当事者の人が「楽」で、生きるのが「楽しい」社会になってほしい、という想いは変わってません。

ただ、この4,5年で自分の能力や限界も知ったり、自分の生活の比重の置き方が変わったり、向き不向きに気づいたり、とにかく色々なことがあって、考え方が変わっていたのでした。

私には、当事者の精神的なケアなんて無理です。

無理だし、目指さないことにします。

寄り添おうと昔努力したことはありますが、もうやめます。

いや、、まぁ言葉を選んだり、接し方には気をつけます、人として。

優しくありたいですが、できもしない優しさはしない!

何年後かまた気が変わってるかもしれませんが、当分は精神的なケアの分野は捨てます。
取捨選択で、情報交換・情報収集、蓄積の分野に力を入れることにします。

友人との話で見えてきたのですが、

情報収集していくうちに当事者とその家族や近い人との、コミュニケーションに関する情報も得られるだろうし、そのヒントを提供することで、結果的にその当事者の生活が、気持ちが楽になればよいのですね。
なんだか視界がすっきりした気分でした。友人に感謝です。

あとは、、、

実行するだけです。笑

だらだらと失礼しました!備忘録のためにも記しておきました。

追い風よ、もっと吹いてくれ〜。

病気のこと, 日常

ヘアスタイルとTPO

私の場合、症状のくぼみよりも皮膚移植した手術の痕のほうが目立ちます。

こめかみのあたりなので、ポニーテールやハーフアップ、カチューシャをつけると見えます。

今はボブくらいの長さなので、ちょうど髪で見えなくなっています。

という前提を書いたところで本題。タイトルにも書きましたが、TPOを考えてみる。

TPOを考えるというよりは、TPOを無意識に気にしてヘアスタイルを決めている、そういう自分に気づいてブログを書いてみる。

プライベート、仕事、何かのイベントなどなど。

プライベートのときはどんな髪型にしたって自分の自由だと思う。
自由とは言っても、誰と会うのか、どこに行くのか、で見えるレベルを意識している自分がいるのは事実。

仕事のときは、基本目立たないようにはしている、はず。
会社には言ってあるから「バレるのが嫌」とか、そういうことはない。
チラッと見えるくらいのヘアスタイルにするときはあるかな。

イベント、たとえば結婚式とか。
この前出席した結婚式のときは、微妙に見えるくらいになった。
結果的にそうなった、という感じ。その日は美容院でヘアセットをお願いしていたので、基本的に美容師さんにお任せ。
途中、少し見えないように気を遣ってくださってるのを感じるが、全体のバランス的に半分くらいは見えるようになっていた。

ここまで書いて、別に正解も不正解もないし、自分にとってどっちがいいか悪いかもないんです(笑)

今回は「あんまり髪型とか、見える見えないは意識していないと思うー」と言いがちな自分と実際はそうではなかった自分に気づいたことをメモしたブログでした。

おまけ。
ニュアンスも難しいな、とブログを書きながら思った。
ヘアスタイルを振り返って「隠れている」「術痕を隠した髪型」と打っていたが、それはまた違うな、と。

隠したい〜という希望はそんなに強くなくて、
でも見せてないってことは「隠したい」という思いが潜在的にあるのかしら。

病気のこと

立ち止まって大切なことを思い出す

また更新が遅くなりました。しばらくはマイペースなブログのまま進むと思います(汗)

最近、病気に対して考えることがあります。あーでもない、こーでもないと思いながら、久しぶりにmixiのコミュニティを開いて、過去の履歴を見にいきました。

ここ1,2年で私は、病気に関する悩みとか落ち着いてきていました。

…というより仕事や日々の出来事のほうがいろいろあって、そっちで時間を使っていたという感じですが。

記憶の上書きではないですけど、悩んでいた頃の自分もだんだん忘れてきていて、自分は平気だったタイプー!なんて思いながら最近過ごしてました。

でもmixiみたら、あの頃だいぶ悩んでました。笑

あの頃、同じ当事者さんに支えられて今があるのだと、ハッとさせられました。
急に恥ずかしくもなりました。

同じ病気の方のいろんな言葉に支えられてました。
みんなそれぞれ前に進んでいるのをみて、いろんなペースがあっていいし、いろんな受け止め方があっていいんだ、と拠り所となっていました。

当時、若輩者の私を励ましてくれていました。
みんなで弱音や鬱憤を吐き出して、でもそれは前に進みたい思いがあるからだった気がします。不安ももちろんあって、それも共有して。

共感というよりは共有していた、感じでした。

そうやって支えられていたから、患者コミュニティをやっていきたいという思いを継続して持てていました。

なんかうまく説明できませんが、大事なことを忘れていたな、と思った日でした。

みなさん元気にやっているのかな。
楽しく過ごしていることを願います。

初心に返らなきゃ!

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画像は5年前の自分の愚痴です、笑。こんなこと書いてたんだなー、なんて思い出しました。(あんまり変わってないですけど)